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2001.08.08

娘を嫁がせた父親の気持ち

8月5日は娘の結婚式だった。今年の春が過ぎ夏の陽射しも近いある日、女房から娘が結婚の意志を持っている事を始めて聞いた。それまで心のどこかで予期し想像していたものの、それとはまるで違った娘の結婚の話に、私は複雑な腹立たしさを感じた。その衝撃は今だに忘れらず、正直言って結婚式を終えた今でも気持ちの中に残っている。

photo娘の結婚は良くも悪くも俗に言う今風なものであった。まずは「できちゃった結婚」であり「地味婚」で「年下亭主」という私にとっては(何を考えてるんだっ)と言いたくなるような結婚だった。しかし、私は誰の親でもそうであるように本人達がそれでいい、それで幸せだと心を決めているのなら…という気持ちで寛大になり娘を信じる他には、心の底にある腹立たしさを抑える術はなかった。
結婚式、披露宴は両家で80人という身内だけの小さなものだったが、披露宴の席に着いて私はまた娘に驚かされてしまった。日頃から私には無愛想な娘であったが、テーブルについた人ひとりひとりに小さなメッセージカードが置かれていた。娘が前日の夜中まで出席者のひとりひとりを思い浮かべ、嫁ぎ行く自分の気持ちを短い文章にまとめ書いたのか…と思うと、私への数行の小さな文字はかすみ、胸が痛くなってしまった。披露宴の半ばでは私も、そして私の身内も忘れ去っていたフィルムが写し出された。幼い娘と私が枕を並べて話しているのである。それは20数年前にフジテレビの取材を受けたものであったが、放映された後にどこでどうして娘の手元にあったのか、保存されていることすら知らなかったのだ。(あんな娘がこんなに…)私は自分の中にある腹立たしさが、いつの間にか(さすが我が娘…)という気持ちに変わろうとしている事に気がつき、その気持ちにすら腹立たしさを隠せずトイレにたった。
「私の勝手、我がままを父が許してくださったと知った時、私は世界一幸せな娘だと思いました。この子が生まれ、ものが解るようになったら私は話します…あなたが生まれてこれたのは父のお陰なのだと…」式のお開きに行われる両親への感謝の言葉…、お決まりのセレモニーと高を括っていたが、不覚にも涙が浮かんでしまった…それだけではない、花束を持って近づいてきた娘に「幸せになるんだよ」という言葉しかなかった。そして、ただ思いきり抱き締めるだけ、ただ泣けるだけだった。自分の娘を堂々とこれだけ抱き締めたのは私の一生涯の中で、娘が幼い子供の頃しか記憶になかった。

新郎の北川尚紀君は娘より4才若いが娘が自分で選んだ男だ、私は娘のご主人の替わりはできない。嫁いだ以上は娘の社会に入り込もうとも思わない。男勝りのところがある娘ではあるが、愛するより愛される方が幸せだ。北川君にも愚息・太一朗にも同じことが言えるが、人には優しくしなければいけない。特に男は人とのつながりは大きな財産となる、相手を嫌だなと思い好きになれずにいると、相手も同じように感じるものだ。また逆に相手に媚びる姿勢を見せたら、信用されないものだ。以心伝心…本当の笑顔はその人の心が正直であることを示している。愛情はいろいろある、どんな状況でも愛される人でいるためには正直な心と笑顔を忘れてはならない。30数年連れ添った二子山親方のように熟年離婚するような寂しい人生はいやだ。堺正章と岡田美里のようにお互い愛がないから別れるというのも、一度は愛し合った夫婦なのだから、単なる我がままにしか過ぎない。間違いに気付くなら、もし別れる事になるのなら早いにこした事はない。父親として娘の友理に幸せになってもらうという事を心から祈っている私も普通の父親であるのだ。


2001年8月8日 都内人間ドッグの病院にて 糸山英太郎


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