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2000.10.24

「無能な総理と無能な官房長官」

森内閣は森総理の無知、無能さですこぶる評判が悪い。が、それにもまして評判が悪く、マスコミでもたたかれているのは中川官房長官である。

勉強不足で知識のない森総理を支え、総理の女房役であり、総理ができないことを補ってやるのが官房長官の役割であるのにもかかわらず、中川官房長官においてはそれが全然できておらず大変評判が悪い。今まで私は現職の議員の悪口を言うのを差し控えてきたが、今回は私の議員時代にも同じ事があったので、あえて総理と官房長官の事を取り上げた。中川官房長官はその器ではなく、これは本人も当然分かっていることだと思う。私は彼を若い頃から知っているが、昔から根性も、度胸も無い男であった。無能な総理に無能な官房長官では、さぞかし国会運営が難しく、と同時に国民が迷惑をしていることは事実だ。

実は私は平成元年6月3日の宇野内閣発足の1週間前に、赤坂の料亭で当時の宇野外務大臣より「僕の補佐役にまわってくれるなら官房副長官になってくれないか」という要請を受けた。何かの間違いではないか?信じられない!宇野総理も私の官房副長官もだ!!

当時の宇野氏はどちらかというと浮いた存在で、彼のために骨身を削って働いてくれる同士や仲間がいなかった。そこで同じ派閥でもある私に要請がきた。私は議院運営委員会理事、国会対策委員会副委員長を担当しており、(官房副長官になる前のポストであった)宇野総理より、当然パリの国際会議に出発する前に、自分が総理大臣の首班指名の後には官房副長官になってくれと約束をされていた。だが、中曽根派の政策科学研究所からの連絡では、官房長官には塩川正十郎氏がなったのであきらめてほしいと、私は空手形を切られたのである。

その後女性問題で大スキャンダルとなっていた宇野総理のもみ消し工作をするように言われ、官邸に呼ばれた。本来では官房長官がやるべき仕事であるが、当時の橋本幹事長と私とで対応を協議した。当時の橋本幹事長が某大手の広告代理店会長や、某出版会社社長に電話し、お金が幾らかかっても構わないのでもみ消せないかという交渉をしていた。もし、私が当時の官房副長官になっていたならば、噂されていた相手の女性と会ってお金を使わずにうまく示談をし、決して宇野総理を退陣に追い込ませる事はしなかったであろう。

後になって派閥筋から聞いた話であるが、私が官房副長官になれなかったのは、当時の宇野外務大臣がパリの国際会議帰国時に(新総理として)成田に迎えに行かなかったというくだらない原因からであった。だが、たとえ迎えに行ったとしても、官房副長官には、総理が劣っている点をカバーし、支え、仕事が出来る人物を選ぶべきではなかっただろうか。私を押しのけてなった官房副長官は、お金を持ってウロウロするばかりであった。

仕方の無いことであるが、中川官房長官は仕事が出来るどころか、森総理以下のレベルの低さである。私は野党ではないので、森内閣になんとか頑張ってもらいたいと願ってはいるが、「棚からぼた餅」の総理に「棚からぼた餅」の官房長官では私も失望してしまう限りで、宇野内閣と同じように短命に終わってしまうのではないだろうか。間違っても今の体制では来年の参議院選で勝てると思えず、長野県知事選、東京21区の補選の結果が全てを物語っている。国益のことを考えずに投票する無党派層の人間を獲得するために、今の自民党には、清潔さ、フレッシュさ、インテリジェンス(ビジョン)を持った、魅力あるニューリーダーが必要とされることであろう。

第5弾はお金と政治家について私が体験した事を書くつもりだ。出来ることならば現職の名前は避けたいが。


2000年10月24日 糸山英太郎


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