私はマラソンが大好きだ。
色々なスポーツがあるが、過剰にショウアップされた競技や八百長まがいの格闘技などにはほとんど興味が無い。
「走る」という極めてシンプルな行為を競うマラソンには無駄なものが入り込む余地が無い、人間の肉体と精神がそのまま試される。
そんなマラソンで頂点を極めながら、2003年アテネ代表を逃し一転屈辱の日々を余儀なくされた高橋尚子選手の2年間はつらく長い時間であったと思う。
訳知り顔で能書きをたれるスポーツジャーナリストは高橋選手の限界説をとうとうと語っていたし、恩師小出監督も高橋選手の力に衰えを感じていたことは明白だった。
しかし彼女は自分を信じてずっとトレーニングを続けたのだ。
TVでレースを観戦した私は目を疑った。35キロすぎに満を持した彼女のスパートは動揺するライバルにぐんぐんと差をつけた。
たった1キロで100メートル以上ぶっちぎっていく。
高次元のスピード、ダイナミックなフォーム、私が見たかった一流アスリート高橋尚子選手の走りだ。
彼女は、苦しんで苦しんで苦しみ抜いた2年間を思い出していただろうか?
ずっと時間が止まっていたと言っていたが、そこから決別するためにひたすら突っ走ったのだろう。
正直私は、溢れる涙を抑えることができないほど感動した。
「みなさんのおかげで帰ってこられた。これが第一歩。3年後の大きな大会を視野に入れて頑張ります。」
彼女の目標は北京五輪での金メダルしかない。東京で再び動きだした時間は、もう止まらないだろう。
33歳の女性がトライし続ける姿は、日本中の老若男女を勇気付けたこに違いない。
外野の意見など気にする必要は無いのだ。
決してあきらめずトライし続ける大切さを教えてくれた高橋尚子選手に感謝とお祝いの言葉を送りたい。
2005年11月21日 ザ・イトヤマタワーにて 糸山 英太郎