そのまんま東の宮崎県知事選挙当選を見て勘違いしてしまった輩が増えている。
自治の知識も無く、当選問題外でも無党派層の票は雰囲気で流れると思っているようだ。
4月8日に東京都知事選挙が行なわれるが、石原慎太郎東京都知事以外の候補者には正直うんざりしている。
石原慎太郎東京都知事は「まあ、選挙は百花繚乱の方がいいよ」と述べていたが、私に言わせれば誉め過ぎだ。
百花繚乱とは優れた人物が数多く並んだ場合に使う言葉であり、立候補に必然性の無い彼らに対してはそぐわない。
前宮城県知事の浅野史郎氏は福祉・情報公開のイメージが強いが、それはマスコミが勝手に作ったものだ。
実は地元での彼の評判は極めて悪い。
知的障害者の脱施設・地域生活移行を掲げ、県の施設解体を打ち出したが、任期中実際には何もしなかった。
講演などでは100年がかりで行うとタンカをきったそうだが、なぜいきなり東京なのか?
情報公開についても、捜査報償費だけをあげつらって県警との対決劇を演じていたにすぎない。それ以外の情報公開は進んでいないのだ。
地元の浅野支持派でさえ「言行不一致」「自分勝手」と最後は愛想尽かししていたそうだ。
私の知人でもある建築家の黒川紀章氏については全く訳がわからない、出馬はあまりにも唐突で意味が無い。
挙句の果ては「彼(石原都知事)が出馬をやめるなら、僕も出馬をやめる」とのたまった、東京都民を完全にバカにしているし政治をなめきっている。
丸山弁護士に至っては、あきれて物も言えない。
売名行為の以外の何ものでもないことは言うまでも無いが、タレント弁護士ののらりくらり会見に詰めかけるマスコミには失望した。
丸山弁護士の無料広告を大量に出してやったマスコミ各社は選挙そのものを冒涜している。
石原慎太郎東京都知事が他の候補者と決定的に違う点がある。
それは「俺がやるんだ」という気概だ。
福沢諭吉の「立国は公にあらず私なり。独立の心なき者、国を思うこと深切ならず」という言葉をよく使っている。
公事だと思われている国の事も、実は一人一人の私事である。俺がやるんだ、私がやるんだ、という気概のない者が国や東京のことを論じたとしても、説得力が無い。日本人の一人一人が国を自分のこととして捉え、独立の心をもって考えていかなければ国は良くならないという意味だ。
国政で総理総裁も夢ではなかった石原慎太郎氏だ、これからも東京から日本を改革してほしい。
私は、40年来の友人に最後の花を咲かせてあげたいと思っている。
2007年3月12日 ザ・イトヤマタワーにて 糸山 英太郎