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2008.5.27
相撲は国技なのだ
外国人力士に日の丸
君が代は理解できない

夏場所千秋楽結びの一番で、朝青龍のダメ押しをきっかけに土俵上でにらみ合った朝青龍・白鵬の両横綱に批判が集中している。
確かに見苦しい振る舞いであった、しかし私は国技を謳う相撲そのものに大きな問題があると思っている。

相撲は日本独自の文化・歴史・宗教に深く関わっているものであり、財団法人日本相撲協会も伝統文化の保持を大きな目的としている。
体重別にしてオリンピック種目となった柔道とは元々異なる道を歩んでいるのだ。

はっきり言うが伝統文化の保持を外国人に託すことが間違っている。
誤解無きよう言っておくが朝青龍・白鵬は両名ともに私の良き友人である、好青年であることは言うまでも無く、パーティーなどでは高いコミュニケーション能力を発揮してくれる。
つまりそんな彼らでも他国の文化・歴史・宗教の勉強と所作の実践は難しいと言いたいのだ。

能楽・狂言・歌舞伎同様に日本人が日本人の心で守るべきものなのだ、外国人に門戸を開かないことで、排他的と批判する者などいない。
相撲が神事であることを徹底するならば外国人も敬意を払うというものだ。
日本相撲協会の中途半端な態度が諸悪の根源だ、そもそもポリシーを持たない興行屋に国技の大看板は重荷だったのだ。

同じ意味で横綱審議委員会(横審)も色々な人間に委嘱されているが極めていかがわしい。
新聞社社長やNHK会長などマスコミ関係は八百長批判報道を封じるための姑息な手段であろう。
歌舞伎俳優や作曲家の類はまるで役に立っていない、脚本家のおばさんに至っては品格について語ってほしくない品の無さだ。

正直、私は連日この報道にうんざりしている。
既に国技と呼ぶにはあまりにもお粗末なものとなってしまった相撲に関するニュースなど見たくも無い。
日本あるいは世界は争乱・貧困・災害などで多くの人々が生命を奪われているのだ、報道のプライオリティにおいて相撲など二の次三の次だ。

日本相撲協会が相撲を純然たる国技とすることができないのであれば、国民は徹底的に無視する姿勢を持ってほしい。


2008年5月27日 ザ・イトヤマタワーにて 糸山 英太郎



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